こんにちは、エミーユです
。
一昨日
「るろうに剣心」の5回目を見てまいりました。
また、この話題かよ、とお思いのそこのあなた、全然スルー
していただいて構いませんので
DVD化したら毎日、好きなだけ見られるじゃん、という意見もおありでしょうが、映画はやはり映画館で見るのが良い、とかねてから思ってる拙者としてはロードショー期間中はとにかく映画館に足を運びたいのでござる
劇場内は連休中とあって上映4週目なのにかなり席が埋まってましたね。
私の隣の席には女子高生と思われる2人組が。
どうやら同じくお目当ては健くん。
始まる前からONE OK ROCKが歌う主題歌入れた?とか、るろうに話で盛り上がっていることからこやつらも初めての鑑賞ではないな、とうかがい知ることができます。
そしてキャーキャー騒いでいたわりには本編が始まったらすごい集中して
見てました。
剣心が笑顔で初登場するときには手を顔の前にあてて興奮しているよう。
アタシもその気持ちわかるわー。
と一気に同調
神谷活心流の道場にて10人の暴君を相手にバッタバッタとやつける場面では彼女らの興奮が手に取るようにわかったよ。
みんな観にくるポイントは一緒だねー
武田観柳邸で「降参でござる」ともろ手を挙げてコミカルに出てくる剣心のシーンでは失笑してました。
台詞まわしもそうですが、剣心の一挙手一投足を見逃すまいとアクションシーンでは私も集中力が高まります(笑)
そして、気づく。
一つ一つの立ち居振舞いの美しいこと。去り際に一呼吸残す動作などかなり考えられて演じられていることがわかります。
さらにお顔のアップでは物凄く匂い立つ色香が!
若干23才にして健くんのこの色気は何
決して整っているとは言えない顔立ちなのにふっとしたときに漂わせる哀切さ、守りたくなるような脆弱さ、そんなものを併せ持ってるのよね。(だから、素材として最高なんだと思う。どんな役にもハマる。)
それなのにラストの鵜堂刃衛との一騎討ちで見せる冷酷な表情、あぁ思い出すにつけ千々に心を乱されます
。
「命が惜しかったら薫殿にかけた心の一方(しんのいっぽう)を解け!」と凄むときの彼は団子片手に「おろ」と言ってる時とは完全に別人。
あの冷徹な目つき、人斬りとしての残忍さが心の底から湧き出るような声、この場面を見ると私の中の"M"な部分が覚醒するのよね~
また、あらためて見直してみるとこの鵜堂刃衛役の吉川晃司がイイんだわ。巧い。
初めて橋の下で刃衛が剣心と対峙した際、その素早い動きに「その疵、その速さ、お前が伝説の…」と剣心を抜刀斎と認めた時の嬉しそうな表情、巧いです。
維新の戦いにて死にきれなかった刃衛はずっと死に場所を求めて生きてきたんですね。
死ぬなら抜刀斎と一騎討ちで死にたい、と。
だから続く台詞「つまらぬ世を生き抜いてきた甲斐があったわ」に繋がる。
この時代にはこの刃衛みたいな(死にきれなかった)侍がいっぱいいたんでしょうね。
いよいよ望んでいた最期の闘いがやってきた時、だからこそ刃衛は嬉しくてたまらない。これでやっと死ねると。
本気モードになってきた抜刀斎としての剣心はまず刃衛に「飛天御剣流抜刀術 双龍閃(ひてんみつるぎりゅうばっとうじゅつ そうりゅうけん)」を浴びせ右腕の骨を砕き「これでお前の剣客としての命は終わった」と言い放ちます。
その後、「薫殿を守るため自分は今一度人斬りに戻る」ととどめを刺そうとしますが、剣心を人斬りに戻したくない一心で術から逃れ出でた薫の叫び「剣心、止めて!」(武井 咲ちゃんもいい声してる!)で我に返る剣心。
死にきれない刃衛が取った行動は・・・・。
刃衛にも「人斬りは所詮人斬り」と言われ、斎藤一には「剣に生き、剣に死ぬ以外、俺たちに道はない」と認められず、剣心は不殺(ころさず)の誓いを守り抜けるのか。
「人を斬れば、そこに恨みが生まれる。恨みはまた人を斬らせる。その連なりを絶つのが、この斬れない刀の役目でござる」と静かに言う穏やかな表情の裏には幾多の尊い命を奪ってきた剣心の人としての懺悔の気持ちが痛いほど現れてますね。
それでも自ら死を選ばず、生きることで、また愛する人を守ることで償おうとしている姿勢がこの先どこまで続いていけるのか、続編の制作が待たれます。
あとどれくらい上映してくれているのかしら~。まだまだ映画館通いするから3番館オチしないでね~。
今回行った劇場は東京スカイツリーが美しい町でした。
はい、最後は健くんの美しいショットで癒されましょう。
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